甘い吐息
2004.1.1『Passion』offline/worksより再録



            躰がとても熱い
 
 浴室にザァーとシャワーの打ち付ける水音が響く。



 随分雨に打たれていたというのに、何故こんなにも躰が熱いのだろう。
 少年は己の躰が酷く熱っていることに気付いた。


 決して風邪を引いたからでもなく、シャワーの温水を浴びている所為でもない。
 まるで、奥底から沸き上がるような熱い濁流が体内を巡っているよう。躰の隅々まで侵食され、あまつ肉体が溶け出しているような、そんな感覚だった。


 発熱を覚えた自身は、すでに正常な思考が働かなくなっている。無心にあの時のやり取りを思い出す。

 壁に両手を付き下を向いた不二は、意味も無くシャワー口から放水を浴び続けていた。次第に湯気がどんどん立ち込め、充満した熱気に己の肌を赤く染め上げながらも。

 ただ、放たれ落ちては排水溝に流れていくだけの水音が、浴室内に空しく響いていた。


 温水に打たれ続けながらもなお、目を瞑った不二は今も鮮やかに残る記憶の端々を辿り、そして思い出しては胸の鼓動を高鳴らせる。



「これから紅白戦を行う!呼ばれた者からコートに入れ。不二・・・それと越前!まずはお前達からだ!」



 それは突然手塚の口から発せられた。
 その言葉は、越前リョーマとの対戦を意味していた。

 密かに待ち望んでいた運命の合図。その時は、思い掛けず他人の手であっさりと決まってしまった。


 だが始まってみれば、体内を電流が流れるような衝撃だった。


 双方一歩も譲ることなど無く繰り返されるラリーの応酬。どんなに突き放しても、こちらからの一方的な試合は望めない。
 隠していた秘技を出せば、途端彼のワクワクするようなあの瞳。



 終始、目が離せなかった。




 そして、見計らったように降り出した大粒の雨。
 当の本人達はあのまま続行するつもりだったが、監督に途中で止めさせられてしまったのが、ただただ残念で仕方なかった。
 
 思えば、歯車は其処から狂ってしまったのかもしれない。
 
 あれから雨に濡れた躰を拭き制服に着替えると、部室で暫しの間一休みした。
気持ちも一旦は落ち着きを見せたようにも見えた。
 だが、帰宅してかもらも、自身の躰は身も心もずっと熱を持ち続けたままなのだ。

 中途半端に植え付けられたままの快感と欲望が今も残る。


 彼の潤んだ唇。
 水を含み、薄っすら透ける汚れを知らないその肌。

 髪を伝い、着衣の中を垂れ落ちる雫。


 全てが忘れられない。
 



 不二はその時欲情した。

 目の前に映る越前リョーマの艶かしい姿に。



 抑えようとはした。
 
 だが、頭の中に先程までの興奮が続き、どうにも自制が効かない。更に下半身には熱を放出出来ずに苦しさだけが募っていた。



            熱情

 
 たぶん、この気持ちの昂ぶりを表現するのに最適な言葉。

 脳裏で理解し一人納得すると、不二は流れっ放しになっていたシャワーの栓をキュッと閉じた。


 大量の水滴が滴り落ちている髪を拭うように掻き揚げると、目の前の壁に左手を付き重心を全てそこに預けた。

 そして、再び瞼を閉じると空いた右手をゆっくりと自身に伸ばしていく。
 細くしなやかな己の指で、熱を帯びた肉魂の先端をなぞり上げ、不二はふぅと軽く一息ついた。

「あっ・・・っぅ・・・・・・」
 
 更に中心を握ると微かに声が漏れる。音になるかならないかの吐息混じりの小さな喘ぎ。

 シャワーの温水で濡れてはいるが、明らかに違う別の液体が自分の掌に纏わり付く。先走りは不二の指に絡み、卑猥な音を立て雄をより潤滑にした。


 上下に扱きながら、偶に先端を指の腹で軽く突付く。その度に不二の口からは普段より甲高い声が発せられた。

 苦し紛れの、切なそうなその声。


 備え付けの鏡には、不二のあられもない姿、厭らしい顔や手の動きをそのままそっくり映し出していた。たとえ少年自身に見えていなくとも、鏡は今の不二の全てを知っている。

「・・はぁっ・・・リョーマく・・ん・・・」


 彼を思い、そして己を弄ぶ。


 慣れた手付きで不二は己を犯し続けた。閉ざされた空間に熱気が篭っていく。額には薄っすら汗が滲み、躰を振るわせる少年の姿があった。

「い・・いよ・・・ん・・ぁっ・・・」

 自身を手淫しながら、己の脳内で彼を抱いているのだろうか。

 色褪せることのない、あの光景。
 試合中の一球一球を思い出し、そして彼の顔をまた思い浮かべる。
 
 不二は仕切りにリョーマを匂わす喘ぎを発した。
 
 勃ち上がった分身は、硬さも体積も増し男の性を剥き出しにしている。
 不二の手が休まることは無い。むしろ、激しさを増して肉茎を苛め、根元と先端を行き来する。トロトロと先走りが下肢を伝って零れ落ち、べったりと付いた淫液は自らを猥らに汚していた。

 まさにいつ絶頂が来てもおかしくないような状態。
 そして、足の先端から先程とは違う震えが来たのを敏感に感じ取った不二は、握っていたその手を強く握り返すと一気に上下にスライドさせ、より己を苛めあげる。

 グチュグチュという粘着質を持った卑猥な水音は、更に大きくなっていった。

 その時、一瞬躰がビクンと大きく跳ねた。
 不二が耐えるように眉をひそめ、顔をしかめる。


「あっ・・ぁっ・・・っ       ・・・」


 次の瞬間、力を目一杯込め、不二は勢い良く白濁液を吐き出した。


 浴室のタイルに向け、自身は飛沫を上げる。壁にもたれ、足元もまだ覚束ないような荒い息遣いで、不二は掌にねっとりと放たれた精液を拭った。 


 彼の顔を思い浮かべ、一人射精してしまった自分は何とも浅ましく、愚かにも思える。

 性欲処理だけなら自ら手を汚せばいい。
 しかし、今の不二にはそれだけでは到底満足出来ぬ思いがあったのだ。
 


 リョーマを抱きたい。


 
 無性にそんな念に駆られていた。すでに肉体関係を持っている彼等なら別に訳無い願望。だが、今すぐ生身の彼の躰が欲しい。

 リョーマは桃城と共に帰ってしまったし、第一明日は都大会。大事な試合が控えているというのに、すでに然程残っていない体力を底突くまで使い切る程、互いの躰を弄ぶわけにはいかない。


 だから不二は想像に任せて彼を視姦したのだ。


 己の欲の為に、不二はリョーマを意識の中で激しく抱いた。
 そして、思う存分この欲望を満たしていく。
 
 どう考えても尋常では無いその行為。
 
 こんなことをしても、自分が空しくなるだけなのは頭で理解していたが、どうにもこうにも熱が治まらないのでこうするしか他無かった。

 どうせ一時の紛れだと思いつつ、思いの外、先程よりかは幾分楽になった気がする。
 不二はもう一度シャワーを浴びて、行為で汚れた躰を全て洗い流した。

 熱はやはり少し治まったのだろう。


 それでもリョーマの顔が脳裏から消えることは、決して無かったのだが。



*****


 その頃、不二が自分を想い自慰行為を働いているなんて知りもしないリョーマもまた、いつものように桃城の自転車の後ろに乗り、途中腹ごしらえの寄り道をしつつ家路についていた。

 家に着いた頃には、先程までの急雨がまるで嘘のように、赤く染まった夕焼け空に西日が差していた。
 父親からの相変わらずの挑発も軽く聞き流し自室に戻ると、荷物を置き徐にベッドに寝転がる。

「不二先輩との試合、あのまま続けてたら俺、絶対勝ってたと思うのにな・・・」

 途中で中断されてしまった試合。仕方無かったこととはいえ、リョーマは不服そうに呟いた。 
 愛猫カルピンが、いつもと何処か違うリョーマを見つめる。



          熱は治まらなかった


 まだ、自分の中で試合の興奮は続いている。
 暗色の空の中、降り出した雨は只の通り雨だったのか、直ぐに止んでしまった。あのまま雨が止むのを待って部室に残っていれば、きっと再び続けられていただろうに。
 
 正直、自分はもっとプレイしていたかったのだ。

 今まで本気らしい本気を見せたことの無い不二周助と真っ向から向き合い、底の知れぬ強さの全てを自らの手で引き出したかった。

 自惚れでも自尊でもない。
 ただ、テニスプレイヤーとして上を目指す者にとって当たり前の闘争心。
 

 妙な焦燥感への憂さ晴らしは、自らの手によって自ずと自身へ向けられていた。

 ドアの鍵を閉めに立ち上がり、そしてガチャリとその瞬間この部屋が密室になったことを意味する音。 
 これから自分が、欲求不満を解消する為に一人やましいことをしようとしていると思うと、無性に溜息が出た。

 自分も男なんだし、こればかりは仕方ないことだと思う。
 だけど、痴態を曝しこんな惨めで情けない自分は、誰にも知られたくない。
 

 不二、あの人にも。
 

 はぁと肩を落としつつ再びベッドに戻ると、リョーマは壁に寄り掛かった。
 
 着ていた学ランを脱ぎ、その場に適当に置く。そして、Yシャツのボタンを一個一個外していくと、成長過程の少年らしい幼い肢体が覗いた。
 少しだけ薄っすら筋肉の付いたしなやかなその肌。更に細い腰に回されたベルトのバックルを外し、スラックスのボタンとチャックも開ける。熱をずっと感じていた下着の中からやんわりと自分自身を取り出せば、自然に開放感を感じてしまう。
 
 リョーマはふぅと息を吐き出し、掌で優しく肉棒を包み込むと、ゆっくりと上下に動かし始めた。 


 アメリカに居た時からそれは知っていた。この手のことは向こうの方が進んでいるし、厭らしい媒体なんてそこら中に溢れ返っている。


 自分で自分を慰める行為。即ち、 "masturbation"


 だが、リョーマは決して普段からこんなことをするような人間ではない。彼は十二歳、まだ禁欲に耐えきれなくなるような年齢でもないのだろう。

 不二と幾度と躰を重ねているとは言え、世間的にはようやく性に目覚めて来る年頃だ。第一、別に自慰行為なんてしなくとも、テニスをしていればそんな鬱憤は簡単に晴らす事が出来る。
 
 そう感じていたし、今までそれで解決して来た。

「・・ぁっ・・・っ・・・あぁっ・・・・・」
 

 だが、今の自分は何だ。
 己を苛め上げ、猥らで厭らしい喘ぎを発し、快感に酔い痴れ、躰を振るわせる。

 リョーマは肉茎を扱きながら思った。
 この感情は、強い相手と対戦した時にのみ感じる、あの芯から燃え上がるような感覚と似ている。青学ナンバー2である不二と対戦したのだ、それもそのはずであろう。

 しかし、今の自分はまるで熱病に罹ったみたいな焦熱感を放っている。そう感じ取った瞬間、この熱の真の意味が分かった気がした。
 


これはきっと、あの人がくれた情熱・・・!
 


 恋焦がれ、
 彼のことを愛しく想う、
 あの気持ちなんだ。


 
 そう思ったら、今までの恥ずかしさや躊躇いなんて全部吹き飛んでいた。
 
 動かすその手に彼の熱を感じ。
 

 不二周助が自分に与えてくれた熱。


 たぶん、あの人もこれと同じ熱を感じている。
 そして、彼もまた今頃自分を思ってくれているに違いない。
 
 そう思ったから。


「はぁっ・・ふっ・・・あっ・・ぁっ・・・」

 
 リョーマの幼い性は、小さいながらもすでにしっかりと主張している。勃ち上がった分身を、休むことなく先端から根元へと擦り上げ続ければ、何度と躰がビクンと跳ねた。


「ゃっ・・・ぁんっ・・」

 不二がいつもしてくれるように、自分も自身に快感を与えていく。不二に触られている姿を想像し、自らを高潮させた。

 この手は不二の手。
 不二が自分を感じさせてくれている。



 考えただけで興奮した。
 そして、敏感に反応する。


「不二・・先・・・ぱ・・いっ・・・ぁっ・・・す・ごっ・・・んぁっ・・」

 リョーマは今、不二に抱かれている夢を見ているのだ。 


 熱くて蕩けそうなこの熱情感。 



 気持ちいいっ          



 やがて下肢がガクガクと震え出し、リョーマは顔を歪め一気に欲望を吐き出した。そして、より大きな嬌声が上がる。
 
 心拍数が異常に上がった息苦しさと、身動き出来ない脱力感に苛まれながらも、スラックスと下着から片肢を取り出し足元までそれらを下げると、今度は片肢を付いてベッドに寝転がった。
 そして息付く間もなく、とろとろと太股を垂れ落ちる粘液を掬い取って、蕾に人差し指をあてがう。

 「あっ・・・」
 
 挿入の瞬間、リョーマの口から思わず声が漏れた。

 ねっとりと精液が絡み付いた指は、すぐに潤滑油の役目を果たし、双丘を割ってツプンと埋まっていった。

 グチュグチュと音を発し、後腔から人差し指をゆっくり出し入れしつつ、再び不二にされている姿を思い浮かべながら、熱をまた上昇させていく。

 不二の細くて長い指が、自身の秘部を厭らしい指使いで掻き回している。
 グチュグチュと掻き混ぜては抜き、また挿入する。


 収まりきらず溢れ出した液体は、リョーマの下肢をすっかり汚していた。

 それを見て彼はさも満足げにクスと笑って見せる。
 そして不二は、上から自分を見下ろしながら、あの柔らかい顔付きで『気持ちいい?』と微笑んでいるのだ。


 頭の中にそんな情景を巡らせ、リョーマは一人悦楽に浸った。
 今までに何度と体験して来たことだからこそ、そのリアル感は実に巧妙だ。


 唯一物足りなさを上げるとしたなら、この夢の中で落とされた幾つものキスの感触が、全く無いことだろう。

 全ては頭の中で作り上げられたイメージなのだから、当然といえば当然だった。だが、今のリョーマにとっては、それも致し方ないこと。

 唇の感触が無くても、不二に抱かれていたい。
 

 うっとりとした顔を浮かべで目はすでに虚ろだ。

 とろんとした表情で、リョーマは実体の無い不二に向かって、小さく「好きだヨ・・・」と囁いた。

「ぁっ・・っ・・・あ、ぅぁっ・・・」

 大分後腔が慣れて来たところで、指を増やし内部をじわりじわりと広げていく。
 すでに液で十分に蕩けていた蕾はニ本の指を物ともせず、本来進入を許す場所では無いというのにいとも簡単に、その肉片を付け根まで咥え込んでしまった。

 それでも敏感に反応する其処は、躰が跳ねた途端埋まった指を押し出すように、きつく締め付ける。


 その度にリョーマは声を上げた。


 不二も普段自分を抱く時、こんな風に感じているのだろうか。
 抱かれている夢を見て、ふとそんな思いが頭の中をよぎる。だったら、それは自分にとって凄く嬉しいこと。
 不二が与えてくれるように、自分も不二に快感を与えているのだから。

 彼を愛しているからこそ、与えることに喜びを感じる。
 ちゃんと『愛してる』が伝わっている気がして。


( ねぇ、気持ちいい?先輩。俺、今凄く気持ちいいよ。だから不二先輩も一緒に感じて? )

 リョーマは荒い息遣いの中、心の中で不二に問い掛けた。返事が無くても、目の前で不二が笑っている気がする。

リョーマはその顔を見て嬉しそうに笑って見せる。

( 僕も気持ちいいよ、リョーマ君 )
 少年の頭の中には、確かにそう笑うの不二の姿が映し出されていた。

( それは良かった )
 心の中で呟いて、クスリとまた彼は笑みを浮かべた。 
 今度は少し不適に、そして少しだけ大胆な表情で。

 途中、汗がたらりとリョーマの頬を伝った。だが、不快に感じても手を休め、滴を拭うことはしない。夢中になってこの快楽に我身を捧げているからだ。

「・・はぁっ・・・っう・・・ふっ・・・」

 挿れては抜き、指の側面で擦りながら内壁に更なる摩擦を与えていく。自分からは決して見えはしないが、はっきりと分かる内部の痙攣と、体内のこの大熱。その指を進め奥を突くと、一際甲高い声が漏れた。


 不二が自分を愛撫している姿を重ね、空いた手で肌蹴たシャツから覗く胸の突起を摘めば、リョーマの躰はますます震え上がった。

 ドクンドクンと呼吸する心音が振動で伝わって来る。


 不二はリョーマの快感スポットをちゃんと知っていて、前戯の時はいつも丁寧にその気持ちいい部分を満たしてくれる。

「気持ちいいよっ・・・不二先輩・・・ぁんっ・・・んっ・・」

 扇情的な艶めいた喘ぎを発しては、想像上の不二に請う。もっと、もっと・・・と。

 リョーマの指が止まることは無い。
 いつもなら恥ずかしく言えない言葉も、一人きりの今なら言える。羞恥に頬を染めることも無い。そうすることで己の欲望を充足させるのだ。

 こんな妄想の産物に翻弄され、荒淫めいたことをしている自分を、不二は何と言うだろうか。
 

 こんな醜態を見たらどんな風に思うだろう。
 愚弄されるかもしれない。

 
 一瞬、そんな不安に駆られる。


 
 だが、それでもいい。
 彼に抱かれたい。
 欲し、欲されて欲に溺れたい。

 不二に自分の想いを馳せれば、より一層激しい乱れた快感がやって来る。
 止めど無く溢れ出すこの熱情に思いを込め、リョーマは掻き回していた指を更にもう一本増やした。リョーマの脳裏で満たされていく何か。


 そう、不二の雄が自身の体内へ挿入されたのだ。


 
 リョーマが指を増やしたと同時にそれは、少年にとって不二と一体になったことを意味していた。
 あっさりと飲み込んだ自身の三本の指は、イコール熱を帯びた不二自身そのもの。

「せん・・ぱいっ・・・はっ・・・」


 リョーマの幼さの残る小さな手と、不二の硬く膨れ上がった精根を比べるにはかなり程遠いが、リョーマ自身気持ちはもう不二と繋がっているのだ。

 たっぷりと和らげられていた後腔に、もはや異物感の有る痛みは無い。


「んんっ・・・ぁっ・・」


 下肢を大きく広げ、より深い部分を目指して其れはゆっくりと進んでいく。
 ようやく訪れたこの時を待っていたかのように酔い痴れ、リョーマは今までよりももっと早急に、己の指を掻き回していった。

 執拗に攻めたてられているという感覚は、リョーマの精神と肉体をより高ぶらせ、躰を跳ね上がらせる。

「・・ゃっ・・はぁっ・・・くっ・・・」 

 肩で呼吸するも、この息苦しさからは逃れられない。 リョーマは嬌声を荒げ、身悶えする。



 そして、この幕切れはやがて絶頂という欲望の終地点に辿り着く。
 突如一気に訪れた芯から沸き上がる震えに、リョーマはシーツをギュッと握り締め、そして反り返った肉棒から白濁液を吹き出した。

 止められない喘ぎを大にして、彼は達す。


「あ、んぁっ・・・い・・・イくぅっ・・・ぁっ・・・あっ       」


 
 セックスが全てを満たしてくれる訳ではない。だが、少なからずとも自身の熱とこの思いだけは、不二にきちんと伝わる気がする。
 そして、不二が与えてくれる愛されているという自覚と、悦び。
 

 リョーマは、最後に落とされたキスの味を噛み締めるかのように、そっとその余韻に浸った。
 


 全ては夢の中の妄想。


 
 不二がリョーマを思い、自慰に走っていたように、リョーマもまた彼を思い、自慰行為に耽たのだ。

 あの試合から続いた熱も、ようやくその上昇を鎮め、沈静に向かっている。
躰の熱りも消えかけている。
 この調子なら、明日の都大会後半戦も気が紛れることなく、全力で取り組めそうだ。

 そして、今のことは不二にも言わないでおこう、リョーマはそう誓った。一時の快楽に溺れ、不二に抱かれる夢を見たこの自分を、まだ恥じているからではない。



          夢は夢のままで取っておきたい



 心から、そう思ったから。



「明日はきっといい試合になりそうだよ」
 不二の顔を浮かべ、リョーマは小さく笑った。

「今度先輩とSEXする時、俺どんな顔してるかな」 
 こう付け加えて。
 
 リョーマは行為の後始末をし、風呂に向かった。
 




*****



「リョーマさん、テニス部の不二さんからお電話よ」

 丁度、夕飯を食べ終わったところだった。従姉弟の奈々子に不二から電話だと聞かされ、リョーマは半ば驚いた様子で子機を受け取る。

 不二は夕食を済ませると、弟に電話を掛けていた。今日のリョーマとのあの試合のことを、彼と対戦経験の有る裕太にも報告する為だ。離れて暮らす弟と、三十分程他愛も無い会話を楽しんで、観月が電話口に出たところでその電話を切った。

 だが、その後不二が電話の前から離れることはなかった。一旦置いた受話器を再び手に取ると、記憶している電話番号をプッシュしていた。

 相手は越前リョーマだ。

 リョーマの声がどうしても聞きたくなり、不二は彼の家にも電話を掛けていたのだった。

 部屋に戻りながら、リョーマは先程の出来事を頭に巡らせ、少し緊張気味に受話器の向こうの相手に話し掛ける。

「もしもし・・・?」
『あ、リョーマ君?僕。突然電話掛けちゃってゴメンね』
「ううん、大丈夫。どうしたんスか?」
『君の声が聞きたくなって』
「俺も思ってた」
『クス。そうなんだ、嬉しいな』
「今何してたの?」
『今?さっきまで裕太に電話を掛けてたよ』
「ふーん。すっかり仲、戻ったんスね」


『うん。君のおかげだよ、ありがとう』
「俺、何もしてないよ?」
『うん、でもありがと』

 本当に自分は何もしていないのに、何故か再び言われた礼に、リョーマは思わず吹き出してしまった。

「クク・・何それっ・・・先輩、変だよ」
『もう酷いなぁ。別に笑うとこじゃないでしょ。そういうリョーマ君は何してたの?』

 笑いを抑え、リョーマは不二の問いに答える。

「俺?俺はさっきまで夕飯食べてた」

『そっか。僕さぁ、今日何だかすごく躰が熱っぽくてね。帰って来てからずっと、君の顔が頭の中から離れなくなっちゃってたんだ』


 やはり思った通り、彼もまた、自分と同じ思いを抱いていたんだ。それを知って、リョーマは笑みを浮かべた。

「俺もさ、実はちょっと前まで不二先輩との試合の残りで、凄く躰が興奮してたんだよね」

 自身の先程までの行為を思い出し、少し苦笑しながらリョーマも返す。

( 俺ってめちゃくちゃ恥ずかしい奴・・・ )
 心の中でそう呟きながら。

 思い人と会話しているのだから、それは尚更だ。

『やっぱり?僕達、考えることは一緒なのかな。クスクス』
「そうみたいっスね」

 不二が果たして自分の想像しているような淫欲と、全く同じ思いかは定かではないが、とりあえず・・・とリョーマは相槌を打った。

『僕、リョーマ君を抱きたくて仕方なかったよ』
「・・・・・・!」
『だからね、抑えきれなくなって想像の中で君を抱いちゃった・・・厭らしいことしてごめんね・・・』


 受話器から聞こえる不二の言葉に、リョーマは言葉を失った。


 先輩が俺を?まさか・・・
 

 だって不二先輩は絶対、自らプライドを汚すようなことをする人じゃないと思ってたし。リョーマは驚きを隠せないでいた。
 そして一瞬躊躇いながらも、あの不二がカミングアウトしたのだからと、決して言うまいと誓った自身の行為の事実を、少し小さな声で鍵解く。


「いや・・・俺も同罪だから・・・」


『えっ・・?もし・・かして・・・君も・・・・・・?』

 受話器の向こうで、不二の声が酷く動揺しているように聞こえた。
 同罪とは言え、心の中ではこんな淫乱な自分を嘲笑っているかもしれない。

 電話の向こうにいる不二の様子を思い浮かべ、リョーマは言ってしまったことに対し、後悔という念に駆られていた。そして自嘲する。


 決して、行為自体を悔やんでいるのではない。
 だが、別に言う必要なんて無かったのではなかろうか。


 しかしながら、不二に嘘を付くことだけは何が何でもしたくはない。嘘、というより不二への溢れんばかりのこの想いを隠してしまう自分が許せなかった。

 俯きながら頭の中で必死に考えるも、次に出す言葉が見つからない。リョーマは黙り込んでしまう。



 電話が繋がったまま、お互い無言の沈黙が続いていく。



『・・あの、さ・・君を軽蔑したり、怒ったりなんてしてないから・・・僕だって君に酷いことをしてしまったんだから謝らなくちゃいけないし。でも僕はむしろ、リョーマ君の意識の中で君が僕に抱かれた夢を見てくれたことが凄く嬉しいんだ。だから、気に病まないで・・・?』



 先に沈黙を破ったのは不二だった。
 言葉を選びながら、宥めるように優しく問い掛ける。

『もし、君が僕のことを許してくれるというのなら、これから少しでいいから時間を作って欲しい。二人で会ってちゃんと向き合おう?』


「うん・・・分かった。俺も全然気にしてないからね?俺だって不二先輩が俺のこと抱きたくて仕方なかっただなんて、そんな風に思ってくれたの嬉しかったし、同じ気持ちだったこと、凄く嬉しかったから・・・」

 不二の言葉に少し安心したリョーマは、重い口をようやく開いていった。

『うん、君がちゃんと事実を言ってくれて良かった。ありがとね。じゃぁ、君の家の近くのあの公園、あそこに二十時に待ち合わせようか』
「うん。待ってます」

『一刻も早くリョーマ君に会えるよう、急いで行くよ』
 不二は笑いながら伝える。

「ヘヘ、事故に遭わないようにね」
 不二の冗談に、リョーマも口を緩ます。

『クス。この僕が注意を怠らないはずないでしょ』
「そうっスね。でも気をつけて。そんじゃ、また後でね」
『あぁ。愛してるよ』
「はいはい。俺も愛してますよ、不二先輩」


『クス』


 リョーマの言葉に、不二は笑顔で電話を切る。
 リョーマもまた、とても嬉しそうだ。
 先程のことなんて、もう気にもとめずに。

 受話器を置いた二人は、約束の場所へと向かった。